第1学年 社会科(地理的分野)学習指導案

指導者 藤原 敏宏

1 日時         平成171125日(金) 第4校時(12:5013:40

2 学年組       第1学年A組(男子20名,女子19名,計39名)

3 社会科と道徳教育

 社会科における道徳性を育む授業とは,社会科の教科目標である「社会認識を通して公民的資質を育成する」ことを達成していくことにほかならない。公民的資質とは「市民社会の一員としての市民及び国家の一員としての国民として,主権者・民主主義社会の担い手という認識に基づいて,自分たちの所属する共同社会を進歩向上させ,文化の発展に寄与することができる資質」のことであり,まさに道徳性そのものといえるからである。ところが,社会科において公民的資質は公民的分野で育成するもので,地理的分野や歴史的分野はその前段階の学習として位置づける風潮がある。しかし,資質形成のためには公民的分野に閉じこめず,地理・歴史の中心的なねらいとしていくべきであり,どの分野においても意思決定の手法を授業に積極的に取り入れ実践していくことが必要になる。この意思決定の授業とは,簡単に言えば生徒たちに論争に発展している様々な社会問題を調べさせ望ましい解決方法を考えさせることによって公民的資質を育成しようとするものであり,資質育成に有効な手段と認識されている。

4 単元名       都道府県を調べよう
         (教科書:帝国書院『中学生の地理』)

5 単元について

○ 単元観・教材観

 本単元は都道府県調べ学習を通して,生徒に地理的思考力と判断力を身に付けさせることをねらっている。「5 道徳との関連」の項目で後述するように,地理的分野の授業においても積極的に公民的資質を育成すること目指している。読図・資料の収集と活用・数値のグラフ化などの活動を生徒に行わせ,諸地域との結びつき,全国における地位などの地理的な視点で都道府県単位での地方的特殊性と一般的共通性に気づかせることで地理的思考力を育成する。そして,課題を追究し意思決定を行わせる事で判断力を育成する。

 具体的な授業展開は以下のようになる。まず,様々な資料を収集・活用する手法について広島県を例に身に付けさせる授業を展開し,次にそれを応用して自分で課題を発見し追究していくようにさせた。この段階までで地理的分野の主要な目標である地理的思考力を育成することに努めた。さらなるステップとして,広島県における地理的論争に発展している社会問題を深く追究させ,自分の意見をまとめ,広島県への提案という形でまとめさせる授業を行ってきた。このねらいは,地理的思考力の上に立った判断力を身に付けさせようと取り組んだものである。これらを通じて,生徒たちに公民的資質を養うことになり,道徳性を育む社会科の授業になると考える。

○ 生徒観

 本学級の生徒は,明るく元気に中学校生活を送っている。しかし,入学当初から生徒一人ひとりのベクトルがさまざまな方向に向いてしまい,けじめがつかなくなることが多く見られたので,クラス全体のこととTPOを考えた言動をすることを意識させる指導を続けている。日々の指導とともに1学期末のクラスマッチ,2学期はじめの体育祭,1ヶ月前の文化祭などの大きな行事を通して,クラス全体のことを考え発言し行動していくことが中学校生活を充実させたものにつながり,自分自身にもプラスになっていくという指導も行ってきた。一人ぼっちになりがちな生徒に対して関わりを持とうという姿勢が見える生徒が多数出てきたり,ざわざわしているときに「けじめをつけよう」と発言する生徒も出てきたりしている。1学期当初に比較してクラスの雰囲気は暖かくなってきていると感じられる。授業における発言は1学期ほど多くはないが,積極的に自分の意見を発表できる生徒もおり,授業は楽しく活発に行える学級である。社会科も例外ではない。ただ,社会科に対して苦手意識を抱いている生徒がおり,集中力が続きにくいと感じられる面も持ち合わせている。

○ 指導観

 本単元では,地理的分野の授業において公民的資質の基礎を育成することを目標に授業を展開してきた。広島県についてのテキストを使用した学習では,比較的資料も捜しやすく,数値をグラフ化する作業にも積極的に取り組むことができた。後半部分の論争問題になっていることを調べていく学習過程は,「資料収集を行い,それを分析し,最終的に自分の意思を決定していく活動」になるのだが,生徒にとっては大きな困難を伴ったがものとなった。

 しかし,生徒たちは,地図帳を活用する楽しさ,数値をグラフ化する作業の意味,「なぜ?」という疑問の発見など,地理的分野が本来もつ授業の本質を体験できたように感じる。また,意思決定という作業を行うことを通して,地理的論争問題(現在の社会問題)に対して関心が高まっていく姿勢が感じられた。

 今回の公開授業では,自分の行ってきた意思決定を振り返り,それを踏まえて新たな論争問題に対して更なる意思決定を行っていくことに取り組んでみたい。生徒たちの公民的資質育成に,少しでも役立てれば幸いである。

 単元の学習に入る前に,テスト法によって生徒の地理的思考力・判断力を調べているが,結果は良好とはいえない。学習が終了したあとにもテスト法によってそれぞれの力を調べる事にしている。結果を比較することによって,生徒にどれだけ2つの力が身に付いたのかを明らかにし,この単元の授業について検証していく予定である。

6 単元の目標

・広島県を例に,県内の地域的特色の調べ方・統計資料等を手がかりにして広島県のもつ地方的特殊性と一般的共通性に迫らせることで,生徒の地理的思考力を高める。

・生徒に広島県において地理的論争問題になっている4つの事例から1つを選択させ,調査活動を行わせ,意思決定の過程を体験させることで,公民的資質の基礎を養う。

・新たな論争問題に出会わせ,学習したことをいかして更なる意思決定を迫らせ,更なる公民的資質の基礎を養う。

7 単元の評価基準

ア 社会的事象への関心・意欲・態度 イ 社会的な思考・判断 ウ 資料活用の技能・表現 エ 社会的事象についての知識・理解
・広島県に関する地図や統計資料などを用いた調べ学習に意欲的に取り組み,広島県の地域的特色を明らかにしようとしている。

・論争問題に対して追究する活動を積極的に行い,自分の意思を決定しようとしている。
・調べ学習で行ったことを基礎に広島県の地理的事象を考え,適切な課題を設定することができ,その課題に対して多面的・多角的に考察している。

・地理的論争問題に対して問題把握から行動案の選択にいたるまでの調べ学習を行い,自分の意思を決定することができる。

・新たな論争問題に対して,学習したことをいかして更なる意思決定ができる。
・広島県調べ学習のテキストの内容について,適切な資料を選択し活用している。また,自分が解決したいと考え設定した課題について,適切な資料を収集して表現している。

・地理的論争問題に対して自分の意思決定をするために,適切な資料を収集し,活用している。また,提言としてまとめることができる。
・広島県の地方的特殊性と一般的共通性について理解している。

・資料の収集や利用方法,まとめ方・意思決定の方法・発表方法を身に付けている。

8 指導と評価の計画

(1) 指導計画


(2) 意思決定の過程に沿った生徒の活動計画


(3) 評価計画

学習内容(時数) 評      価 評価基準 評価方法
関・意・態 思・判 技・表 知・理
1 基本事項を調べる学習(2) ・広島県に関する地図の読み取りができ,統計資料をグラフ化することができる。 ・行動観察
2 課題を発見し追究する学習(5) ・広島県の地理的事象の課題を見つけ,追究していくことができる。 ・テキストの完成度
・課題に対する解答を一般化して考えることができる。
3 論争問題になっている課題に対して意思決定をしていく学習(11) ・4つの論争問題の中から自分にとって適切な課題を選び,追究していくことができる。 ・行動観察
・論争問題に対して意思決定を行い,自分の意思を提言としてまとめることができる。 ・行動観察
4 自分の意思を発表する学習(2) ・意思決定したことをさらに深め,伝えていくことができる。 ・レポート
・地理的思考力,判断力が高まっている。 ・期末試験
5 ここまでの学習をいかし,更なる意思決定を行う学習(1) ・自分が行ってきた学習をいかして,新たな論争問題について意思決定を行うことができる。 ・行動観察
・手紙の内容


9 本時の展開

(1) 本時の目標

・広島県における論争問題について,生徒自らが調べ意思決定をしてきたことをいかし,新しい論争問題について更なる意思決定をさせ,公民的資質の育成を図る。

(2) 観点別評価基準

○ 社会的事象への関心・意欲・態度

・新たな論争問題について関心をもち,自分の意思を決定しようとしたか。

○ 社会的な思考・判断

・各行動案の内容を判断し,自分の意思を決定することができたか。

○ 資料活用の技能・表現

・提示される資料を活用し,意思決定の際に用いることができたか。

○ 社会的事象についての知識・理解

・論争問題の社会的背景を理解できたか。

(3) 準備物

・鞆の浦埋め立て架橋問題に関する資料(鞆の浦とはどんなところかを説明する資料,架橋問題を説明する資料,各行動案についてまとめた資料)

・提示するための装置・ワークシート等

(4) 学習の展開

教師の発問・指示 生徒の学習活動及び生徒に獲得させたい知識・技能 指導上の留意点
導入 ○4つの論争問題についてふりかえさせる。

・論争問題について調べた過程をふりかえさせる。

・他の論争問題についても自分の意思を確認させる。
○自分の調べた論争問題について答える。

・その論争問題を取り上げた理由から,意思決定の過程までをふりかえる。

・他の論争問題についても,自分の意思決定をしてみる。
○4つの論争問題において意思決定する場面を中心にふりかえさせる。

○意思決定について,意見を発表させたい。
展開 ○鞆の浦埋め立て架橋問題について知らせる。 ○鞆の浦埋め立て架橋問題について考える。 ○意思決定の過程に沿って,資料をまとめておき,生徒にわかりやすく提示する。
@問題を把握させる。 ○視覚に訴えられるような資料を作成しておく。
・鞆の浦はどんなところか。
・鞆の浦で何が問題となっているのか。
・福山市にある。
・潮待ちの港として古くから栄えた。
・商業都市としても栄えた。
・伝統産業も盛んだった。
・現在は少子高齢化が進んでいる。
・町おこしとして埋め立て架橋計画が持ち上がっている。
A問題を分析させる。
・埋め立てて橋をかけることの何が問題なのか。 ・伝統ある文化財を守るべきなのか,それとも開発を進めていくべきなのかを判断する。
・鞆の浦をよくしたいという思いは住民に共通している。
B達成すべき目標を明確化させる。
・鞆の浦をよくするにはどうしたらいいのかを判断する。
・どうすることが鞆の浦にとって一番いいのかを判断していく。 ○埋め立て架橋問題に対して賛成派も反対派も,鞆の浦を良くしたいという思いは共通していることを押さえる。
C実行可能な行動案を考えさせる。
・どんなことが考えられるか話し合ってみよう。
・行動案を考えてみる。 ○奇想天外な行動案も出るかもしれないが,頭から否定せず,現実の問題として捉えられるようにする。
D現在言われている行動案について判断材料を知らせる。
・それぞれの行動案についてまとめた資料を見せる。
・伝統的な文化財を守るため,埋め立て架橋計画は実施すべきではない。 ○判断材料については要点をまとめた資料を用意しておく。
・交通問題を解決し,観光地化をさらに推進するため,埋め立て架橋計画を実施する。
・折衷案としての山側トンネル案を採用する。
Eどの行動案がいいのか意思決定させる。
・資料に基づいて,意思を決定しましょう。
・資料に基づいて自分の意思を決定する。 ○理由をつけて判断させる。鞆の浦を良くするという視点を必ず持つようにさせる。

○他の意思決定の意見も尊重させる
・自分の意思決定を発表する。
・他の生徒の意見を受け,さらに考えを深める。
終末 ○福山市長または鞆の浦住民へ手紙を書かせる。
・意思決定したことをまとめよう。
○自分で決めたことを,当事者の人たちへ知らせる手紙を書く。 ○書きやすいようにフォーマットを用意しておく。


10 参考文献

・学習指導要領については,すべて以下のものを参考にした。『中学校学習指導要領(平成1012月)解説−社会編− 平成16年5月一部改訂版』大阪書籍,2004年.

・森分孝治「社会の科学的認識の形成を」明治図書『社会科教育平成17年1月号』2005年,p11

・堀内一男「東京都を執筆する活動を追体験する」澁澤文隆『新地理授業を拓く・創る』古今書院,2002年,pp89-94

・大谷猛夫他,歴史教育者協議会編『わかってたのしい中学校社会科地理の授業』大月書店,2002.

・児玉修「サンプルスタディ」森分孝治・片上宗二編『社会科重要用語300の基礎知識』明治図書,2000年,p191

・伊藤直之 2001「サンプルスタディによる地誌教授の改革」 全国社会科教育学会『社会科研究第55号』pp41-50

・祇園全禄「公民的資質」森分孝治・片上宗二編『社会科重要用語300の基礎知識』明治図書,2000年,p106

・藤原孝章「グローカルな視野の重要性」明治図書『社会科教育平成17年1月号.』2005年,p11

・岡田泰孝「お茶の水女子大学附属小学校のシチズンシップの構想」明治図書『社会科教育平成17年1月号』2005年,pp24-26

・若月秀夫「品川区の小中一貫教育における市民科の構想」明治図書『社会科教育平成17年1月号』2005年,pp21-23

・大久保正弘「シチズンシップ教育推進ネットの提案」明治図書『社会科教育平成17年1月号』2005年,pp30-32

・溝口和宏 2000「市民的資質育成のための歴史的内容編成−「価値研究」としての歴史カリキュラム−」 全国社会科教育学会『社会科研究第53号』pp33-42

・豊嶌啓司 1999「「構成主義」的アプローチによる社会科「意思決定」型学習指導過程−心理学における「多属性効用理論」及び「自己フォーカス」を授用した中学校公民的分野「家族と社会生活」を事例に−」 全国社会科教育学会『社会科研究第51号』pp41-50

・服部一秀 2002「社会形成科としての社会科の学力像」 全国社会科教育学会『社会科研究第56号』pp11-20

・小原友行「意思決定」森分孝治・片上宗二編『社会科重要用語300の基礎知識』明治図書,2000年,p69

・澁澤文隆『文部省学力調査に学ぶ 中学校社会科の新評価問題づくり』明治図書,1998.